カイロプラクティックが誕生したのは1895年。
1895年といえば日本では明治時代(1868から1913年までの約45年間)です。
日本に伝わったのが大正の中頃です。
したがって平均寿命が30歳であった時代の技術を3倍の90歳まで生きることが珍しくはなくなった時代に適応させる必要があるのです。
私はカイロプラクティックの最も優れた技術であるモーションパルペーション&マニュピュレーション(動的触診法と手技療法)を長年学んできました。
関節被膜の不具合を的確に検査して調整する技術を体系化したのが私が考案した「関節ニュートラル整体」です。
関節機能不全の原因は次のパターンに大別されます。
1、外傷
2、炎症
3、悪性腫瘍
4、奇形
5、先天性異常
この中で特に外傷によって筋肉や腱、関節包や靭帯そして軟骨などが損傷して手術が必須でない状態の患者さんを的確に改善する方法が存在しませんでした。
自分が全身で合計5か所の骨折による後遺障害を克服した経験から、必要に迫られて「関節ニュートラル整体」を考案したのです。
関節ニュートラル整体は次の3本の柱から構成されています。
1、スピードやパワーを全く必要としない的確な手技療法。
2,自分自身で関節を正常に保つ記憶を回復する運動療法。
3、体のゆがみを改善することを目的とした筋力トレーニング。
関節被膜の不具合を検査して調整する技術が関節ニュートラル整体なのです。
江戸時代(1603年から1868までの約265年間)の人口は約3000万人。
明治時代の終わりが3300万人。
大正時代は6000万人まで増加しました。
この増加した数字は第一次産業以外の人口です。
産業革命の波に乗り遅れた日本人が必死になって重工業が盛んになるまでになったのです。
昔からあると勘違いされる伝統や生活習慣、地元の特産品などの大半が大正時代に生まれたものなのです。
夏目漱石や森鴎外が生まれた明治時代。
ペリーの来航(1853年)でもたらされたのは科学技術だけではなくコレラの拡散もあったのです。
コレラの死者は37万人。
コッホによるコレラ菌の発見が起こるまでは、当時の日本の人口の割合を考えると正に得体の知れない死の病でした。
大正時代に起きた第一次世界大戦の死者をはるかに上回ったのが、いわゆるスペイン風邪でした。
世界で1億人、日本で39万人の死者が出たのです。
新型コロナの死者早く14万人。
大正時代の2倍以上である約1億2千万人のなかの14万人です。
このように数字で考える習慣を持つ事で不要な不安が減少します。
何事も賛成意見だけではなく、反対意見も聞くことが大切です。
毎年の死者は138万人。
その内訳は、がんが38万人。
心臓病が20万人。
肺炎が12万人。
脳血管疾患が10万人。
この中で毎年100万人が死亡している年代がありますが答えられますか?
答えは80代。
このように数字で考えると不安が減ると思いませんか?
このように考えると元気な後期高齢者(75歳以上)が8人に1人となった現在にカイロプラクティックの技術を進化させる必要があると考えるのが自然ですね。
それに加え人口が減少する局面を迎えるので、それに備えた適切な対策が必要になるのです。
戦後80年間GHQによって作られた憲法を変えることすらできない我が国日本。
日本人には革命(レボリューション)という言葉はなじみません。
むしろ進化(エボリューション)というくらいの変化を好むのです。
つまりあることをガラリと変えるのではなく少しずつ変えることを好む傾向があるのです。
「柳に雪折れなし」ということわざがあります。
台風が来ても柳の木が折れることはありません。
言い換えると関節に変形は治りませんが、柔軟性(しなやかさ)や支持性(がっちりと体を支える)を限界まで高めることで症状は改善するのです。
これまで人類を食え打締めてきた感染症は完治するケースが大半です。
一方で生活習慣病は完治することがほとんどないのです。
江戸時代までの平均寿命の3倍生きることも珍しくなった現代。
関節の痛みも重症化を予防する教育が何よりも大切なのです。
カイロプラクティックとPNFの進化発展形をご一緒に学びませんか?