手技療法の専門家として生活できるレベルになるために必要不可欠な知識と技術とはどのようなものでしょうか?
それは問いの発出力と感動する感性をはぐくむという事です。
問いの発出力という言葉を言い換えると、すべてのことに頭から否定はしないが疑問に持つという姿勢です。
もう一つの感動するという感性は、だれでも子供の時には備わっているのですが、年齢を重ねるうちに次第に失われていくものなのです。
私は阪神淡路大震災の前年に、放火により自宅が全焼するという災害を体験しました。
そのことで時間ができたという事もあり、これまでのことを深く考えるようになりました。
その結果誕生したのが「関節ニュートラル整体」です。
先日協会認定セミナーのレベル2で、坐位で行う8方向の頸椎の調整を体験した先生ならわかると思いますが、もしあのセミナーが1度きりで知識や技術がアップデートできなかったとしたら恐ろしくなりませんか?
少なくとも自分が現役である間は、常に技術を最適化するべきなのです。
私が感覚は人間なので、言っていることがわかりにくいという事は痛感しています。
極力論理的に説明することを心がけていますが、やはりたとえ話で伝えられたほうがわかりやすくなるはずです。
永遠のテーマですが、「わかる」のと「できる」のは全く次元が違います。
全体指導と個人指導を並行して比較してみてそれは痛感しています。
いわれてからわかるのと、言われなくてもできるのは雲泥の差があるのです。
しかしながら理にかなった訓練とその応用を学ぶ姿勢を持ち続けることで、時間の差はありますがやる気さえあれば誰でもできるようになるのです。
我が国で最初にノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士の研究は25歳の時のものです。
ノーベル賞はゼロから1のことを編み出した人間な与えられるものです。
1から100にすることも人類は非常に恩恵を被りますが、ノーベル賞は付与されません。
私は全身の関節の調整の順番を開発し、それに用いる様々な道具を開発しました。
しかしながら人間の手や足を用いる技術は特許にもなりません。
そこで関節の痛みが重症化するのを根本的に予防できる健康器具を開発し特許を取得しました。
私の平均余命は10年を切りました。
未来のことはわかりませんが、何とか手技療法を極めることを目的とした専門学校(寺子屋でもいいのです)を作りたいと考えています。
いずれにしても、それを運営できるデータや人材は十分に蓄積してきました。
閑話休題
戦後に起きた伊勢湾台風(5千名以上がお亡くなりになりました)以来何と36年間も千人以上が死亡する大災害は起きませんでした。
6千名以上の命が失われた阪神淡路大震災以来、風水害や2万5千人以上がお亡くなりになった東日本大震災、熊本の巨大地震(震度7以上)などの災害が連続して発生するようになったことは周知の事実です。
古代から現代までの日本を振り返ると、平均で3年に1回の飢饉が起きていることが確認されています。
しかしながら政治中心で書かれた歴史の本には、そのようなことはほんの少ししか書かれていません。
私は尊敬する「出口治明」先生の著作はほとんどすべて読みました。
この方は明治以降初めて日本人か作った生命保険の会社である「ライフネット生命」の創業者であり、現在は脳梗塞の後遺症を抱えながら立命館アジア太平洋大学(APU)の学長を務めている天才です。
出口先生の本はほとんどが語り書きだそうです。
実際に世界史についてお話している動画を見たことがありますが、台本なしにまるで映像を見ているようにお話しするお姿を見て感銘しました。
ところが出来が悪い私は、その肝心な歴史が腹落ちしなかったのです。
先生が繰り返し述べている「縦、横、算数=数字、ファクト、ロジック」で物事をとらえ考えるという思想には共感できますが、そのために必要な歴史(昔と現在を比較する縦の思考)と地理(日本と世界の国を比較する横の思考)について心から納得することができませんでした。
しかしながらその知識が、道路の専門家である大石久和先生の国土学の本を読んで知識の上書きが起きたことで初めて腹落ちする知識となったのです。
もちろん世界史と日本史をざっくりと学びなおしていなければこのような化学反応は起きなかったと思います。
幕末の歴史などを見てもほとんどが西側の方によって書かれています。
半藤一利先生が書かれた「幕末史」「昭和史」が一味違うのも書いた人間の視点が異なるのです。
ところがやはり政治的な視点を中心に書かれた日本の歴史をいくら学んでも腹落ちすることはありませんでした。
その大きな理由は、下から見た視点(国土学から見た視点)が欠けていたからではないかと思いました。
NHKの「徳川家康」を見ても全く納得ができないというのも、インフラの専門家から見た国土学から見た視点が抜け落ちているので、わかることがむしろおかしいのです。
関ケ原の戦いで勝利した家康が、なぜ江戸にもどったかは、西日本に当時のエネルギーを含めてのすべての源であった木材が失われていた現実を見ていたからでした。
今の関ケ原を見ると山には気がありますが、その当時は全くのはげ山だったのです。
今から1400年前の飛鳥時代に法隆寺が建立されました。
その時代から数十年後の710年に平城京に都が遷都されました。
そして794年に平安京に。1192年に鎌倉に都が移りました。
そして1603に江戸に幕府が開かれ鎖国時代が260年間も続いたのです。
戦国時代をおわらせた天才家康は、すべての大名を川によって封じ込めました。
利根川を江戸湾から銚子に流れを変えたことは有名ですが、日本を流れる河川の99パーセントは江戸時代に整備されたのです。
湿地帯であった江戸に人間が住めるように、もっこを担いで人力で整備したのですから本当に驚きです。
軟弱地盤である上に、風水害や地震が起きやすい地理条件である我が国日本。
東西に2000キロ南北に250キロの細長い地形である日本。
しかもその中心に1000メートルから3000メートル級の脊梁山脈を抱え、大雨が降ると短い川が滝のように流れて水害が起きるのです。
我々の先祖は常にインフラ整備を行って、災害に備えてきたのです。
そして少しでも良い国土を後世に渡す努力をしてきたのです。
残念ながらわれわれ人間は寿命で死亡します。
しかしながら日本国は永遠に生きるのです。
明治時代から発行した国債は3780万倍になりました。
しかしながら日本は経済破綻していません。
インフラ整備は国債発行で賄われるべきなのです。
税金はインフレの際にはブレーキをかける役割を担っていますが、デフレの時はアクセルを踏まなければならないのです。
デフレ(現在はコストプッシュインフレで、本当のインフレではないのです)の時代にブレーキを踏み続けては国民が貧乏になるばかりです。
「現代貨幣理論=MMT]を学び正しい国家観と貨幣観を学ぶことは三橋TVをみて、気になる登場人物の本を読めば、知識を最新にアップデートできます。
大切な事はデジタルの動画を見るだけではなく、白い紙に印刷された黒い文字を読むことです。
紙に書かれた文字を読む歴史が長い人類は、本を読むことで集中力が身につく様にできているのです。
当たり前ですが、車を運転しながらでは本を読むことはできませんが動画の内容を聞くことはできます。
私が推薦する書籍の要点を質問すると、即答できる人間は稀なのです。
情報化社会である現代は、本の内容をすべて暗記する必要はありません。
作者が言いたいことはそんなには多くはないのです。
その要点を覚えるだけで十分なのです。
自分にとって、出だしからワクワクするような本でなければ少なくとも現状の自分にとって縁がないと思って読むのをあきらめましょう。
しかしながら自分の総合的な知識が高まると、まれにその時は読めなかった本が読めるようになるかもしれませんが、確率はとても低いものです。
自分の頭で考え、自分の言葉で話し、自分の意見を言う。
そんな真の教養を備えたセラピストの育成を目指します。